市役所前駅で降りた記憶がない。 伊予鉄道の市内電車(路面電車)の路線は、松山城を中心にぐるっと市内中心部を一周し、JR松山駅、伊予鉄松山市駅、道後温泉駅などの交通の要所をつないでいる。市役所前駅は松山城のお堀の、南東の角あたりにある。
なぜ市役所前駅で降りないかというと、市役所に行くことがめったにないからだ。この前行ったのは、婚姻届を出したときで、その際はアナグマ先生の車で行った。たいていの用事は、地元の支所で済む。ちょうど、子ども手当の現況届を出すという用事もあったので、十何年ぶりに市役所に行ってみることにした。
JR松山駅前の市内電車乗り場で、道後温泉方面行きの電車を待つ。やってきたのは古い型の路面電車で、ちょっとテンション上がった。床や窓枠が木でできている、年期の入ったこの型の電車が一番好きだ。
この木の電車、あとどれくらいの間、松山の街を走ってくれるのだろう。
市役所駅で降りて、走り去る電車を見送る。この通りからは松山城が真正面に見える。写真を撮っていたら、次に来た電車は、毎年夏に行われる俳句甲子園の広告でラッピングされた電車だった。
十数年ぶりの市役所の、外観は特に変わっていない。
中に入ると、なんだか様子が違う。ひとことで言えば、あか抜けてきれいになっている。
見渡すと、各窓口の上の電光掲示板?に整理番号が表示されている。
おおっ銀行みたいだ。おのぼりさん状態で、整理番号の発券機を探す。入口近くの場所で発見。でも、その横に「子ども手当現況届は、直接窓口に行ってください」と書いてあるので、今回は整理券を取らずに、直接窓口へ。待つことなく手続きを終え、せっかく来たので、ちょっとうろうろ。
まずは、お知らせのチラシやパンフレットがあるコーナーへ。ここで見つけたのが「平成26年度版 まつやま市民便利帳」というガイドブック。各種届や相談窓口、施設案内といった生活情報がコンパクトにまとまっている。
特に最初の方の「暮らしの便利情報」には、ちょっとディープな観光情報やご当地サイトの案内もあり、松山市の交通マップまで、折り込みで入っている。わかりやすく網羅された電車、バス等の路線図は、このサイト的にもうれしい。
ガイドブックをゲットして、ついでに、市の図書館で借りた本の返却もしようと、受付のお姉さんに場所をきくと、にこやかに「こちらです」と受付のすぐとなりの返却ポストを示された。
来たときには気が付かなかったが、入口正面に、「恋し、結婚し、母になったこの街で、おばあちゃんになりたい」と書かれた大きな幕が吊ってある。これは、2000年に「だから、ことば大募集」で松山市長賞を受賞した作品で、その後、「この街で」という歌もできて、松山ではすっかり有名になった。
市役所を出て信号を渡り、お堀端へ。梅雨の曇り空の下、お堀の水はくすんだ緑色。
遠慮がちに噴いているような噴水から少し離れて、白鳥が一羽、鴨が一羽。西堀端では白鳥のヒナが生まれて人気らしいが、こちらの堀は静かそのもの。
木陰で練習しているのか、サックスの音が遠く聞こえる。渡り鳥としての白鳥は冬の季語だが、松山城のお堀にいるのは、飼われているコブハクチョウ。
噴水にサックスのまた躓いて
お堀端のこの位置には、松山出身の俳人、河東碧悟桐の句碑がある。
この句碑は、高浜虚子の「春水や矗々(ちくちく)として菖蒲の芽」の句碑とともに、松山刑務所の中に、入所者情操教育のために建立されたと言われる。昭和28年8月、碧梧桐の17回忌にこの地に移された。
ちなみに、虚子の句碑のほうは、東温市に移転した松山刑務所の塀の中に今もあるという。
碧梧桐は、季語や定型にとらわれない新傾向俳句を提唱したことで知られており、松山にある他の句碑もみな、こういう感じの一行詩のような句だが、その中ではこの句が一番好きだ。(碧悟桐の句碑については、句友のしんじゅさんがブログにまとめてくれている。(朗善しんじゅの句碑めぐり)
私は、自由律でもリズムは大切だと思っているが、この句は後半のハ行の韻が耳に心地よく、拾った枝をどうしたとか言ってしまわず、読者の想像にまかせているところがいいと思う。トイレに飾ったかもしれないし、飼猫をじゃらしたかもしれないが。
正直言うと、碧悟桐については、俳句より書のファンだ。といっても、書のことは素人でわからないんだけど、この大胆で丸っこくて、人懐っこくてちょっと頼りないような感じが、かっこいい。
俳句の師の辻桃子先生を松山に迎えての吟行会で、萬翠荘の「子規とその仲間たち展」を見て作った句だ。確か、「寒雀が、晩年不遇だった碧さんを思わせて切ない」というような評をいただいた。
句碑の左を見ると、「松山電信発祥の地」の碑があった。
碑の右にはアベリアの花が盛り。和名を「花衝羽根空木(ハナツクバネウツギ)」というらしい。
幼いころに住んでいた、旧電信電話公社の社宅に咲いていたこの花を、父がたくさんちぎって、雪のように降らせてくれたことがあった。よく見かけるのに、ひっそりとしてあまり名前を知られない花だ。
碑の向こうに見えている赤い鳥居の場所が、お袖狸の祠なのだが、長くなったので続く…….。