浅海のむかし話

「ぼうや~よいこだねんねしな~ いーまもむかしもかわりなく~」
 この本を読んだあと、子どもの頃好きだった、アニメの「まんが日本昔ばなし」のオープニングテーマを思い出した。
かなり長い間続いた番組だと思うが、このオープニングテーマと、子どもを乗せた龍が空を飛ぶ映像(龍の子太郎?)はずっと変わらず、今日はどんなお話だろうとわくわくした気持ちと一緒に、記憶の深いところに刻み込まれている。

 『浅海のむかし話』を読むきっかけになったのは、このブログで浅海駅界隈を吟行したときに、地元の小学生が作ったらしい案内板を見かけたことだ。読みやすく、味わいのある文章に、何か出典があるのではと調べて、この本の存在を知った。すでに絶版のようなので、愛媛大学の付属図書館に行って、借りてきて読んだ。

 平成元年発行というから、もう27年も前に書かれた本だ。あとがきを読むと、著者の新居田久さんは、当時、浅海小学校の校長先生で、PTAの協力も得て、地域の古老からきいた話などをまとめられたそうだ。

 構成としては、「萩原の話」「浅海本谷の話」「浅海原の話」と3つの地区ごとにお話がまとめられている。

 先日、私が歩いたのは「浅海原」という地区の一部だが、本には、案内板よりもさらに詳しいことが書いてあって、興味深かった。

 潮神さまのあるあたりは、「片の谷」という地名だが、もとは「潟の谷(かたのたに)」と呼ばれていたそうだ。干潟の広がる美しい海辺だったからついた地名だという。また、砂浜を利用した塩田があったとも言われ、「潮神さま」は、塩田の釜を祀った「塩釜さま」ではなかったかという人もいる。

 荒神さまは、もともとJRの線路の真上あたりの山にお祭りされていたが、昭和の初め頃、鉄道が通るようになったために、今の場所(線路のすぐそば)に移されたそうだ。以前にお祭りしていた山の上には瀬戸内海を見はらす広場があり、大きな桜の木が一本あって、春や秋の休みの日には、大勢の人があつまってにぎやかに過ごし、夏祭りでは、近隣の地区からも人が集まって、盛大に相撲大会が行われていたということだ。
 今、山かげに小さな祠がひっそりと建っていて、特急がゴーッとその後ろを走り抜けていくのを見ると、荒神さまが気の毒な気もするが、鉄道の開通自体は、村の人々の悲願だったらしく、開通時にはお祝いの仮装行列や提灯行列をしたり、鉄道の開通を祝う歌も作られて、小学校で歌ったりしたらしい。

 その歌詞の中に「仙波の険をしのばずや けもの行き交う鴻の坂 今はむかしの物語」というくだりがある。
それまでは、隣り合った町や村へ行くのに、険しい山道を遠回りして行かなければならなかったという。

 『浅海のむかし話』には、全部で48のお話が収録されている。
例えば遠野物語だと、座敷わらしとか、雪女とか、河童とか、ちょっとホラーなイメージがあるが、浅海のむかし話は、浅海の遠浅の海のように、おだやかでのどかな物語が多い印象だった。
 エンコ(河童)が馬に悪さをしようとしても、謝ったら許してやったとか。
 夏祭り、盆踊り、雨乞い、虫送り、天神講など、地域の信仰や行事を大切に受け継ぎ、漁業や畑仕事などで助け合って暮らしてきた人々の生活が見えてくる。

 印象に残った話では、都から落ちのびてきたおひめさまという、いわゆる落人伝説がある。各地区でいくつかのバージョンがあるが、萩原地区の名前の由来ともなったという「はぎわら」という次のような話が一番心に残った。

「むかし、腰折山の蛇が穴に、美しいおひめさまと乳母、それにおとものさむらいの三人が、追手をのがれて静かに暮らしていた。ある日、さむらいが出かけた後で、おひめさまと乳母はとうとう追手に見つかり、きり殺されてしまった。
さむらいは、さらに山奥の村へ逃げ、そこでひっそりと田畑を耕しながら村人とも仲良く暮らした。しかし、村人はこの人の名前を誰も知らず、それとなく名前をきいても、いつも「はぎわら」と答えるだけで、何も話してくれなかった。このことがいつのまにか村人の間に広まり、やがてこのあたりを「萩原」と呼ぶようになった。」

 さむらいがおひめさまの後を追って自害したとかなら、悲恋でドラマティックなんだけど、逃げて村人と仲良く暮らしたのかあ、と最初は拍子抜けしたが、身の上を明かさないというのは、実はそれなりの身分の人だったのかもしれず、村人もそういうものを感じたから、地名にしたという伝説が残ったのかもしれない。山萩の花の可憐で寂しげな風情に、生き残った者の静かな孤独が重なる。

 また、別の話では、おひめさまが亡くなったあと、蛇が穴の前に美しい花が咲いていて、村人は「亡くなったおひめさまの生まれかわり」とうわさし、この花を「たれゆえ草」と呼ぶようになった。
この花が今でも腰折山に咲く「エヒメアヤメ」だという。
 エヒメアヤメは、実際に見たことがないが、松山市のHPの写真を見ると、背丈の低い山野草で、本当に可憐だ。
『浅海のむかし話』の表紙には、この物語のおひめさま、乳母、さむらいらしき3人の旅姿の絵が描かれているが、髪を切りそろえた赤い着物のおひめさまはまだあどけない少女の姿で、エヒメアヤメの姿に重ねて描かれたのかもしれない。

 ソウソウには、小さい頃から寝る前に絵本の読み聞かせをしてきたが、そういえば、地元の昔話などはしたことがなかった。っていうか、私自身、そんなに知らないし。ソウソウは、もう寝る前の読み聞かせは卒業してしまったが、PTAのブックママで読み聞かせすることもあるので、また図書館で松山の昔話の本も探してみよう。
『浅海のむかし話』は、浅海の子ども達へのすばらしい贈り物だと思った。

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